切腹

2016/12/30 [映画・映画音楽]

【ハラキリ/権力と個人は相容れぬもの】

「切腹」英題:Harakiri(1962)

監督:小林正樹...
出演:仲代達矢、石浜 朗、岩下志麻、丹波哲郎、三國連太郎
音楽:武満 徹

「政治と民衆」はどこまで行っても、相容れぬものであることをここまで簡潔明快に描ききった映画も珍しい(話は武士同士であるが)
。プロットも非常に面白い。

・・・平和になった江戸の世で「大半の武士」は仕事がない。いくさが無いから使い途がないおっさん達と同じ。戦後の兵隊さんやリストラされた管理職みたいなもの。
そこで、金持ち(比較的に名家とか、徳川直属の家臣)のところに行っては、

「もう私らには武士として生きている意味もないが、せめて最後は切腹して果てたい。お宅の軒先を借りて、介錯をお願いしてもいいか」という「同情詐欺」のようなものが流行ったという。
来られたほうも、浪人とは云えど同じ武士。気持ちも分かる。
そして軒先で死なれても面倒なので小さな仕事を斡旋したり、小銭をやって追っ払っていた。
時には心意気を認め、家臣に取り立てたり。

しかし、それは甘やかしであった。
死ぬ気などないのに同情を買うために「お宅で腹を切りたい」という「死ぬ死ぬ詐欺」を意図的にする輩が増えたという。
そこで大名たちも困り果て(ここでは「井伊の赤備え」で有名な井伊さんか)、本当に「切腹」をさせてしまう。

それがエスカレートしていき、切腹をさせるまでの過程を楽しむ「サディスティック」な要素が入りだすのである。
しかし、基本的には浪人は困った「民衆」である。
何とか役所から生活保護や保険をふんだくったり、税金をちょろまかそうとする。お前らは役人だからいいねぇと。
それをふざけるな!という、大名(役所)の気持ちも分かるところがまた面白い。

ここでは、半ば悪いと思いながら、期待をしながら来た浪人が「いざ切腹」となるときに「せめて小一時間くれ、家族に別れを言いたい」と嘆願するも、持っていた竹光(斬れない安い刀)で切腹をさせる。
しかし、この「別れを告げたい」という嘆願だけは本気であったのだ。逃げ口上ではなく。

彼の子供は病に臥せており、あと数日もつかもたないかであり嫁も親父も心配していた...。

そこで親父(仲代達也)が登場。
「おめぇさん達そりゃあ、やり過ぎじゃあねぇか」「人情ってもんがあるだろうが」と諭しに、そして怠けている役人に復讐しにいき最後は凄まじい斬り合いになる。

うーん、どちらが正しいとも言えず難しい。
正に現代の日本社会を予言していたかのような映画だが、いつの世もこういうことはあるのだろう。

武満の音楽は冴え渡り、琵琶の音に細工をしている。
映画に「ミュージックコンクレート」の手法を大胆に使ったのである。当時は型破りな演奏を快諾する琵琶師は居なかった。
これをたまたま観ていた、実業家の鶴田錦史は20歳近く年少の「世界のタケミツ」を知るきっかけになったのである。
面白い感性を持った人が居るなぁと。
もう一回、琵琶をやってみるかなぁと。

ちなみにスタッフの中では刀もタケミツ、音楽もタケミツか。というギャグが流行ったらしい。確かに「武満」という姓は出所が定かではない。私は宇宙人だと思うが。




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