【The Color Purple】(1985)

2018/12/03 []

【The Color Purple】(1985)



監督:スティーヴン・スピルバーグ

脚本:メノ・メイエス

原作:アリス・ウォーカー

製作:スティーヴン・スピルバーグ、キャスリーン・ケネディ、クインシー・ジョーンズ、フランク・マーシャル

音楽:クインシー・ジョーンズ

出演:ウーピー・ゴールドバーグ、マーガレット・エブリー、ダニー・グローバー



こんな素晴らしい名作が無かったかのように埋もれてしまうところにアメリカの歴史の闇の深さを感じるし、人種・人権問題が「いつか解決する」と云うような単純なものではないことを改めて痛感させられる。



「The Color Purple」というタイトルからしてやりきれない。



「黒人」の、更に「醜い女」は自己主張をしては「ならない」上に、普通の言葉で話しては「ならない」という現実がこのタイトルにも滲み出ている。



私は英語に深い理解はないが通常「カラー(Color)」は黒人(有色人種)を意味する。



正確にはColored。

日本の「差別用語」と同様で「現代の常識」からすれば使うことは躊躇われるらしいが、そんなものは歴史的なインパクトの前ではどうでもよい。





人間は「有るもの」を無いといい、「無いもの」を有るということが都合によっていつでもできる。



さて、「Purple」=紫とは何であろう?

これは顔色が変わることを指しているように思われる。白人であれば顔色が変わる場合は「赤」に変化する。

「彼は顔を真っ赤にしてどなり散らした」等の表現ができる。



しかし、黒人の場合は顔色だけでは分からないのである。「赤」という単純なものではなく「紫」(=殴られた後のアザの色でもある)になるのか。いや、もう変化が分かるくらいにまでなれば、その怒りは既に止められるものではなかろうが。



「実父」の子を二人産むも、金のために子供たちは他所に売り飛ばされ、愛する妹とも引き離された「セリー」は、同じ地域の「''ミスター''」(妻を失い子供だけ残された)の後妻になるが、実際は怒鳴り、殴られ「召し使い」の様な扱いを受ける。

人間は一度「絶対服従」が「安全」と思い込まされるとその暗示はなかなか解けるものではない。その背後に「暴力、飢え、孤独、死」があれば尚更である。



そんなセリーも生きていく中で、男も白人をも恐れずに立ち向かう嫁(ミスターの前妻との息子の)の姿や、「歌手・ダンサー」として人前で誇りを持って演じるシャグなど「強く逞しい女性」に出会い、本来の自分を徐々にさらけ出せるようになっていく。



「Purple=紫」は「誇り」の色でもある。





 









 

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