リディアン・クロマティック・コンセプトについて

2018/10/08




立花 隆の武満対談に限らず、多くの著書に「リディア概念」と翻訳されているが、もう少し意訳すると「調組織におけるリディアンから半音階に至る概念」(以下L.C.C.➡LCC)。

これでも分かりづらいですね。

要は、平均律自体が既に自然倍音からずれているという前提に立ち、中心をずらして可能性をメジャー・マイナーキーに限定し、作り上げられたのが機能和声、バークリー・メソッドです。
それを極端に全否定したのが十二音技法やトータルセリエリスム。(シェーンベルクの本来の意向とは少し異なってきているのですが)

そこには作法や教育者側(政治や宗教)の都合による辻褄合わせが出てきて当然です。

LCCは本来の調中心(トニックの意味が更に重い)は動かしません。
勿論、それが動いている様に見えたり、消えたようにも見えるというケースはあるにせよ。
根拠はピタゴラスの完全5度の協和音程のみというシンプルなものです。
つまりシントニック・カンマとモロに対峙します。
そこに矛盾がある!とした濱瀬さんは少し見当外れをしていました。
有るものは有るのですから仕方がないのです。
それを消そうとするのではなく対峙するから厳しいのです。如何に避けるかではなく、融和していくか。
もしくは敢えて衝突していくか選べるのです。
Avoid、Dominantという言葉は日本人には、さしたる意味はないですが結構、強権的な語句です。

当初はビ・バップに飽き足りないジャズマン達の意向を受けて「モード(旋法)」を追及するために研究が始まったのですが、コードにも応用することができますし、音楽を深く追及するにはこちらの方が遥かに多くの問題提起をしています。

旋律の分析や曲全体の分析、無調音楽においても何らかの答えを導き出せます。

作法でも教育用理論でもなく、楽音の関係性・調性を根本から探るので、自分で感得し、考え、実践していくことの重要性が分かります。

直接、間接的に学んだと言われている人を並べるとそうそうたる顔ぶれ。

マイルス・ディヴィス、ジョン・コルトレーン、ビル・エヴァンス。
アート・ファーマー、ミルト・ヒントン、マックス・ローチ、ポール・モチアン。
エリック・ドルフィー、ウエイン・ショーター、チック・コリア、ランディ・ブレッカー、マイケル・ブレッカー。
ジム・ベアード、リッチー・バイラーク、パット・メセニー。
ボストンやスティーリー・ダン(プログレ・バンド)、ハービー・ハンコック、デビッド・ベイカー(教育者として有名)など、その他にも多数。 

日本では1961年に武満徹が自力で習得(アメリカ人ミュージシャンから原稿の写しをたまたま貰ったそう)。

80年代に渡辺貞夫もアメリカで学んだと言われています。その他にタイガー大越、布施明仁、田野城寿男、梶本芳孝、藤原大輔など。➡Wikipediaの文は差し障りが無い範囲で書いてありなかなか見事です。
核心に触れないようにしています。

上記の濱瀬さんとのやり取りがあったり、何か新興宗教的に見られるのを恐れて、そして何よりも音楽が誤解されるのを嫌った、ジョージ・ラッセルの意向により教育に関してはライセンス制になっており、現在はニューイングランド音楽院でのみ後継者が継承と研究を続けています。

決められたルールでやっている方が楽ですし大衆受けはいいのかもしれません。学んだが最後、音楽の深淵が見えてくるのです。


ちなみに私の著書にはその精神が入っている箇所はありますが、根幹には触れていません。
教えを受けた人間としてのマナーの様なものだと考えております。


文責:彦坂

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