旋法について

2018/10/09




武満さんは本来の「モード」を殆ど分かっていないまま(純粋には使わないまま)逝ってしまったように思う。
彼の曲を聴くとよく分かる。
その点に関しては、モーリス・ラヴェルや坂田晃一や菊田裕樹の足元にも及ばない。
彼は古典(機能和声/コードハーモニー)を介さずにいきなり現代音楽(メシアンとか)に入ったのと同様に、モードに関してもいきなり「Lydian chromatic concept」に入ったのである。

まさに音響と音勘(かん)の魔神の様な人。

「リディアン」は音響的に絶対中心なので、機能和声よりも「旋法の個性や差違」に対して耳が更にマヒしていく危険性もある。



ただ、武満にも勿論、機能和声や旋法への感覚
もあったし経験で上がってはいる。ただし、そこまですごくはないのである。
それを飛び越えて音響に行ったところがOne and Onlyなのである。

真似をしようと思ってできるものではないが、よくよく観察してみると彼の弱味も見えてくるのである。
ドビュッシーが好きという人は音響へのセンスが優れているのである。

武満の旋法性は精々フォーレと同じレベル。あの煮え切らなさがまた慣れてくると堪らないのかもしれない。
坂田晃一や菊田裕樹はその境界線をきっちり引ける。
そしてそのツギハギを美しく見せることを知っている。ラヴェルは上手すぎて言葉も出ない。

ポップというのは分かりやすさのこと。


文責:彦坂

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