ホリゾンタル・トーナリティ(ヨコ・ウタが有する調性)とは

2018/11/19

リディアン・クロマティック・コンセプトが「注意書き」付でスキップしたのがこの後にくる「F#-C#」の「C#」の存在です。
人間はある楽音(ここでは平均律を主に考えています)を聴くと無意識の内に完全五度上の音をセットで聴いています。

ピアノなどの生楽器で実際に試してみると本当に聴こえてくるので、これは仮想ではなく現象として捉えて良いでしょう。
下記譜例を参照。

この様に完全五度を堆積していくときにそこに人間の意図を介在させた「発音(アタック)」により、調性をコントロールすることが出来るのです。

本源的にあるものを人間の力で意図的に動かすというのは何か傲慢な気もしますが、そこに「創作」が生まれる訳です。

あえて⑥を取らず、最後の12「F-C」を取ったのがMajor Scaleなのです。
しかし、その際にリディアン・トニックは「F」に移ってしまうため、コードとしての調性は「F Lydian」を主張し始めるのです。
「F#」を取るということは、その後の「C#」(#1,♭9)をも引き受けなくてはならないと仮定すれば、中心が揺らぎますが、まだC Lydianと言い切れるのは、C#(D♭)の5th(A♭)や3rd(F)がまだ顕在化していないからです。

#1がリディアン・トニックをキャンセルする力を持つというのが、ラッセルが構造と調性の矛盾、最終的にはシントニック・カンマを受け入れるかどうかで頭を痛めた部分なのです。
ここを受け入れなかったのが最終的にはリディアン・クロマティック・コンセプトに意志を作り出したのですが、その瞬間にある可能性を喪ったとも言えます。

そこを平然と乗り越えて行ったのが日本の武満徹なのです。

彼はオリヴィエ・メシアン(移調の限られた旋法)やヴェーベルン(十二音)の概念や手法にも通暁していたこと、そしてそれを徹底的には遵守「しなかった」ところに彼の意志を感じるのです。

では他には何ができるかな?
と考えていくところに次の地平に立つヒントがある様に私は感じます。
仮定はアリなのですが、仮想を結果にしてはおかしなことになります。


続きは作曲のレッスンにてお待ちしております。


文責:彦坂

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