音楽をメソッド化する愚かさ

2019/08/20


物事は全て論理的、数理科学的に捉えられると信じて疑わない人が居ることが、私には信じられない時があります。
「~メソッド」という様な類いのモノが常にインチキ臭さを伴うのは、そこに絶対的な真理など存在しないからである。

例えば、ジョージ・ラッセルの「リディアン・クロマチック・コンセプト」に出てくる「2音間の重力差」について、濱瀬元彦さんはヒンデミットの「音程根音」のパクりだという様なことを書いているのだが、彼の「下方倍音による短三和音」という発想もフランスの和声の大家ラモーが300年近く前に「和声論」で書いているのである。

メソッド化して特許申請をするという権利商売的な発想で音楽をやっている限り、本物など見えはしない。
「音楽」は何にも独占はされないし、全てを理論で解明などできはしない。
理論を学ぶ意味は「多様性を身に付ける」ということであり、科学や数学の証明とは似て非なるものなのである。

教師は自分が悩んでいる過程を生徒に見せるのが仕事と言っても良いくらい。




文責:彦坂

音楽豆知識一覧