作曲家の立ち位置

2023/11/03



「ショスタコーヴィチみたいな作曲家は要らない」
と作曲家の藤倉大さんが言っていた気持ちが少し分かる気がする。

例えば少し先輩のプロコフィエフはポップな部分があるのに対して、ショスタコは前衛に行きたいのか売れたいのかよく分からない。
中途半端な調性で無茶苦茶やってるだけにも聴こえるし、バルトークの様な旋法の追究の上でのヘンテコリンでもなく得体が知れない。
彼は真の「政治の歪み」の体現者なのです。また、プロコフィエフの様な「ウタ」の才能も無かった。
ストラヴィンスキーはそれを自覚していたので「音響」に行った訳です。人生の後半は悔しくてもがいてますが。
徹底的にキライな作曲家が居るということは実は大切なこと。
日本の劇伴界にはそういう人が多い。
単なる勉強不足は違います。

仮に「影響を受けた人をハッキリ言うのがカッコ悪い」という恥じらいが有ったとして
その気持ちは分かるのですが、イマドキ「企業秘密」なんて考えは古いです。
隠したくても国やら携帯会社に監視されてるのですから・・・。

武満さんみたいに、一切を遮断して山に籠る天才はもう出てこないでしょう。



文責:彦坂

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