旋律の調性とは...「Air」(1996)オーレル・ニコレへ捧ぐ 武満 徹:作曲

2017/10/12

【旋律の調性とは...】

「Air」(1996)オーレル・ニコレへ捧ぐ
武満 徹:作曲

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晩年のフルート・ソロ作品(初演は植村泰一)。
リディアン・クロマティック・コンセプトのもう一つの切り口として面白いのがコード(タテ/同時的/輪切り)の中での調中心を見極めるのと同様に、メロディ(ヨコ/経時的/水平軸)の調中心を探り出す手掛かりにもなるということです。

勿論、ここには分析者の主観(そうに違いない、そう有って欲しい)も入らざるを得ないため、最終的に作曲者の意向がどうであったかは分かりません。

この「Air」の冒頭に置いても最初の「A」の音から、一個ずつ関係を見ていくことも、また個々の音同士の関係を見ていくこともできますし、大きく全体像で俯瞰で捉えることもできる訳です。

例えば今、ここで私が誰かと決闘をしているとします。
私と相手にとっては生きるか死ぬかの一大事です。
もし、周辺に人が居れば、その人々にとっても流れ弾の危険性はあるので看過できません。

ただ、カメラをもう少し「引き」で撮してみると隣の建物では家族団らんをしていたり、若くて綺麗な女性がシャワーを浴ていたりして、私達の決闘の「中心性」は揺らいでくる訳です。

さらに「引き」で俯瞰になってくると単なる一地域のある場所の小競り合いなどは何の意味すらも持たなくなってくることも有りうる。

武満徹は後期から「数」や「言葉」、「夢」や「水」への愛が統合されていき「海(Sea)」という言葉を音名に直してモチーフ化することが常になっていきます。

これは過去の作曲家の一部の「音名遊び」の様なものよりももっと深く、彼にとってその言葉やイメージが喚起するものが創作の根幹を支える程の大きな存在になっていたのです。
音程も半音と完全4度(5度でもある)、減5度(トライトーン)という音楽的にも意義深い音の連なりでもあります。

この分析自体に大した意味はありませんが、私には彼がポップスのメロディを作るときと、純音楽作品での旋律への思い入れの強さにはかなりの開きがあったのではないかと感じられるのです。
本人はインタビューで「特に境界線はない、音楽は音楽だから」とも語っているにしても。

この時点では、やはり「A」に調的中心があると判断できるでしょう。
様々な変質や経過をたどりながら回帰していく音もまた「A」、タイトルも「Air」という。

そのあたり、壮絶な病魔に蝕まれつつあっても茶目っ気がある「強い人」なのです。

全く、恐れ入りましたとしか言いようがない。


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文責:彦坂

 


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