日本的音階

2016/12/18 [和声学]

①民謡音階(ラドレミソラ)
この音階のMode♭lllがメジャー・ペンタトニック(律音階)と同じです。
半音関係が存在しないため開放的な響きがします。

②田舎節(ラシレミソラ/ラファ#ミレシラ)
西洋の旋律的短音階(メロディック・マイナー・スケール)と同様に「上行形と下行形」が見受けられます。

③都節(ミファラシレミ/ミドシラファミ)
西洋の教会旋法であるフリギアに見られる下行性導音が特徴的で、異国情緒が漂う(日本人にとっては異国ではないのですが)音階です。
変位記号を使って「ラ」が主音、と見るよりも「ミの旋法」と捉える方が自然でしょう。

音楽理論書により記述が多少ずれたりしているのは、下行形の存在を無視している、又は簡略化した結果であると言えます。
本来的に「日本の音階の独自性」はこの下行性導音にあるのではと思われます。
また上行においても「半音の導音を伴わないこと」も特徴的であると言えます。
西洋の教会旋法と同様にこれらの構成音を変えずに「主音(核音)」を移動させていくことにより、まだ様々な可能性が残されているのです。

更に転旋(移・異旋)を組み込んでいくことにより、パッと見では何の旋法か特定が困難になる様なことも技法としては有効です。私の師匠である坂田晃一先生はこの「車線変更」の天才です。三年以上、教わって未だに解析不能なところがあります(笑)
和音ではなく、「旋律のみ」で音楽の流れを変えてしまうことができるのです。

例えば、フランスではフォーレ、ドビュッシー、ラヴェル等は正に旋律による変化の達人です。ドイツやウィーンの音楽家はこの辺りが少し弱いのです。
その代わりに「和声進行」による確固たる転調を身に付けたとも言えるでしょう。

また、意図的にというよりはそのまま民族性を活かした音楽家としては旧ソ連・ロシアのムソルグスキー、リムスキー=コルサコフ、ボロディン、ハチャトゥリアンなどがいい味を出しています。
スペインではファリャ、あとは北欧のシベリウス、グリーグ。ポーランド系のショパンも勿論潜在的な国民性を失っていません。

日本では貴志康一が時代の中では突出していますし、「世界の」武満徹さんもこの辺りの感覚はピカイチです。
商業分野では、坂本龍一さんがなぜあれだけの高い評価を得られているかは、この辺りにヒントがあるのです。

やはり「意識的であること」と、そこに「オリジナリティを足していく」こと。
ここがポイントです。モードを使える音楽家は多数存在すれど、付け焼き刃は直ぐにバレるのです。彼の勉強量は半端ではありません。
天才が更に悩み抜いて、そこに「ポピュラリティ(皆に分かるような形)」を足しているところが稀有なのです。

また、武満徹さんのスゴさはあからさまな「日本/ジャパン」ではなく、あくまでも「西洋の語法」の中での「日本」という独特の視点から音楽を書いていた、意識的であったというところにあります。(彼も日本の音楽家のクセになぜ機能和声をやる!と何度も問われたそうです)

勿論、近現代の日本人作家は自国の音楽であるはずの「邦楽」を後天的に身に付けるという特殊な状況下に置かれているため、それぞれが非常に繊細な感性を持っていると言えるでしょう。寧ろ、考えすぎて分からなくなってしまっている。技法や理論に走り過ぎている傾向があります。

寄る辺なき祖国喪失者(デラシネ)の感性を初めから持っている不思議な人達なのです。










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