復讐するは我にあり

2016/12/30 [映画・映画音楽]

【日本映画の底力】

「復讐するは我にあり」(1979)

監督:今村昌平...
脚本:馬場当、池端俊策
出演者 :緒形拳、三國連太郎、ミヤコ蝶々、倍賞美津子、小川真由美、フランキー堺
音楽:池辺晋一郎

私が人を見極めるときの1つの指標にしているのが「北野武」の映画に共鳴するかどうかである。別にどちらがいいとか悪いとかの話ではないが、基本的に北野映画を理解できない人間は「恵まれた幸せな人間」であると思う。
苦労が報われた人間であることがそれだけで分かる。
はっきり言って北野武の映画監督としての腕は二流であると思う時がる。
いや、もう少し深く言うと彼は照れてしまって監督に徹することができていないのである。
あと一歩踏み込めばというところで引いてしまうところに「品」があり、「下まち生まれ」の繊細さがあるのである。
この半端者の中の「光」を評価したヴェネツィアもカンヌもロカルノも大したものだと思う。

それとは反対に、全く衒いもなくやってしまうのが本物のプロ、今村昌平の凄味とも云える。

この時代の監督達は悠々と世界を駆けられるのを感じる。
大島渚、鈴木清順、溝口健二、黒澤明、木下惠介、小津安二郎、マキノ雅弘、深作欣二など。

・・・
殺人犯兼詐欺師の緒形拳とエセキリスト神父の三國連太郎の業の深い親子のコンビネーション。
倍賞美津子と、小川真由美の香気漂う色気。

周りを固めるミヤコ蝶々、清川虹子のそれでも「色と欲を失わない執念」や更に経験に裏付けられた落ち着きを兼ね備えた「魔女」としての安定感も妙にこの映画を支えている。

音楽はどうでしょうか・・・
池辺晋一郎さん・・予算がなかったのか安っぽいシンセの音を使って映画をだめにしてしまった部分がある。この音楽の八割を削っていたらもっと良いものになっていたのに。

そして今村さんも最後は少し綺麗に纏めすぎたところが残念。
なぜ綺麗に取って付けたようにまとめたのか。緒形拳に変に英雄性を持たせたのは減点かなぁ・・・

しかし、日本の映画は世界を凌駕する力があることを示したことは大いに称賛に価する。
イタリアやフランスの映画にはない亜熱帯の暑苦しさがある。
 

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