坂本龍一×倉本聰 対談

2019/08/03





「共有の欠如」というのが前半のキーワードです。
共有は自ずから生まれれば一番良いのですが、昨今では努力をしないことには不可能になりつつあります。

後は思ったことを「言葉にする」ということを諦めてはなりません。
勿論、本質的なものは言葉なんかにできないことが多いのですが、何とか苦しんで伝えようとすること。
子供にでも分かるようにシンプルにしていくことが今の日本には必要なのです。

そして、人の意見は変わるということ。

これも言われてみれば当たり前なのですが日本は「男に二言はない」、「二枚舌」、「チクる」、「ディスる」など、意見を述べたり、変えたりすることに極度の恐れがあるように思います。

例えば私は本音をよく言ってしまうことがありますが
それで「得意」な気持ちになるのはほんの数分、基本的にはそのあとに深い後悔に苛まれます。
それでも言わなければと、またミイラの様に起き上がってゾンビーの様に言っているのです。



狭い業界や村社会(親戚、勤務先、バイト先、演奏仲間、取引先)で何とか波立てないように終わらせたいということが優先している。


社会や芸術など二の次。
長いものには巻かれろ。空気を読め。
芸術家の姿として情けないと感じるべきです。

「いえ、僕は職人ですから」などというのは逃げですよ。私が唯一、自分の尊敬する師匠の言で納得がいかなかったのはそこだけです。

ただ、逃げるのもありなのです。
そして、意見は心からの反省によってであれば変えても良いのです。

完璧な答えが出るまで何も言わないことが一番残念なことなのです。
なぜなら人はある人の「思考の動き」こそが一番知りたいからです。本音なんていうのはどう動くか分からないもの。
寧ろそこにたどり着く思考航路を見て、その真の心理を知りたいというのが人間なのでは?
まぁ、それも効率よく生きるための術なのだと共感することにしましょう。





文責:彦坂

 

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